アニメ「けいおん!」は人間味のあるリアリティが魅力!

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芸術性が高いアニメ「けいおん!」。未だに超えるアニメはない!

はじめてアニメ『けいおん!』を知ったのは高校1年生の時でした。

それから5年以上経つ現在でも、作画、世界観、ストーリーすべて含め、いまだにけいおん以上の萌えアニメは無いと思っています。

私がなぜここまで『けいおん』の世界に引き込まれたのかというと、いくつか理由があります。

まずは芸術性が高いことです。

京アニの作画クオリティは有名ですが、私の知る限り『けいおん!』以前の萌えアニメと『けいおん!』の色使いは別格です。

作画については後ほど触れるとして、映画と見まごう深みのある色使いは、画面を一瞬見ただけで視聴者を引き付ける力がありました。

これは『Free!』や『響け!ユーフォニアム』など京アニ作品に通じることですが、キャラクターが男子であろうと女子であろうと芸術作品として美しいと感じさせる、視聴者の予想の上を行く絵面ですよね。

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「こういうのが好きなんだろ」「ほら萌えろよ」といわんばかりのちょっと安っぽい萌えアニメももちろん見るし萌えるのですが、萌えアニメの作画を見て感嘆したのは『けいおん!』が初めてでした。

「けいおん!」のキャラクターたちの三次元的な身長・体重設定

『けいおん!』の登場キャラクターは女子の平均的な身長・体重を取り入れていて、「重すぎるんじゃないか」などと話題になりましたが、ここはぐっと惹きつけられたポイントでした。

プロフィールの数字が(ギャルゲーなどは特に)見た目とそぐわないものは多いですが、『けいおん!』は一致しています。

この見た目ならこれくらいの身長・体重だろうというのが三次元寄りなんですね。

私はここに京アニの自信を感じました。

絵としてテレビ画面に映った際に、分かりやすく巨乳やスレンダーでなくても美しいキャラクターが描ける、と。

そして事実、内面からキャラクター性が溢れてくるような新しい美しさを生み出したのではないかと思います。

京アニの力のおかげで、動きや表情にも現実的な重さが乗っている感じがしました。

見た目や動きの「重さ」というのは、キャラクターとしての重さにも繋がっていると思うんです。

二次元のキャラクターは胸が大きくて痩せていて軽くて、奇抜な髪型・髪色をしている。

これらはオタク側が求めて作られた形、いわゆる形式美なのでしょうが、強く希求された物ほど形骸化しやすいものです。

上記のような「お約束」を無視して形式美から抜け出した分、人間味やリアリティが増して従来の二次元らしさがなくなり、二次元という枠の中にいながらも手が伸ばせそうな、新しい存在になったのではないでしょうか。

「けいおん!」のサービスシーンは非現実的要素が少ない

『けいおん!』は劇的なストーリー展開はもちろんのこと、非現実的に見える要素が極力排除されたアニメではないかなと思います。現実世界を舞台としているのはもちろんですが、ラッキースケベやご都合主義展開も「本当にいそう・ありそう」な感じがするんですよね。

これは男性キャラクターを極力排除することによって、男性視聴者が三次元の女性と接する際の現実的な感情・感覚を呼び起こさせないからかなと思います。

もちろん萌えアニメという性質上、登場キャラクターは男性視聴者向けの性格になっています。

けれど女の子同士で楽しそうにしている場面というのは、男性にとっては未知の領域です。

というのも、三次元の女性が自分に接する際には女性対男性という構図が常にできあがっているため、男性は女性のことを「対男性」という構図に限り知っているんです。

でも「対女性」の時の女性は知らない。

もし『けいおん!』の女の子たちが男性と親しく話している場面があったら「こんなの現実にはないよ」「やっぱり二次元だから」となってしまうと思いますが、「対女性」は知らないわけですから、ありえそうに見えるのではないかなと思います。

リアリティの少ないキャラクターの性格面にも男性を排除することでリアリティを持たせ、より純度の高い萌えを演出しているのかなと思いました。

「けいおん!」は泣かせるシーンを視聴者にゆだねている

『けいおん!』は萌えだけでなく、最後の文化祭や卒業式など泣けるシーンも魅力のひとつです。

で、この泣かせ方なのですが、泣けるシーンに仕上げられているのは視聴者が主人公たちと同じ経験をしているからだと思うんです。

たとえばかわいそうなお姫様を救い出す王子様のお話は、共感しにくい設定ですよね。

脚本が分かりやすく泣かせにこないと泣けません。

ところが現代日本の平凡な高校生というのは、何年さかのぼるかは人それぞれですが大抵の視聴者が経験しています。

だから、最後の文化祭が終わったときや卒業式の感情をリアルな感覚で知っています。

もともとが共感しやすいシナリオなんですね。

その上1期2期と長い時間をかけて、「日々の生活を淡々と描く」という手法で、私たちはまるで桜が丘高校に通っていたような気持ちになっています。

ほぼ毎話学校が舞台に固定されているのですから、愛着も湧きますよね。

主人公たちへの愛着だけではなく、桜が丘高校という舞台そのものに愛着を持たせられるのは日常系の最も強い部分ではないでしょうか。

というわけで、『けいおん!』の泣けるシナリオは一方的な展開を視聴者に見せる形ではなく、何気ない日常だけれども三次元的なもの(視聴者が実際に経験し知っている感覚)を共感させるという形で出来上がっているように思います。

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