甲子園春夏連覇した島袋洋奨に注目!現在はソフトバンクで活躍中

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甲子園のヒーロー、沖縄興南高校の島袋洋奨

あなたは島袋洋奨を知っていますか?

沖縄の人なら多分知っていると思います。

高校野球ファンなら絶対にしっているその名前。

彼こそが沖縄県勢で初めて甲子園春夏連覇した興南高校のエースピッチャーです。

身長174cmで体重73kgとけして投手としては、恵まれた体ではありません。

それを野茂英雄ばりのトルネード投法を駆使してどんどん勝ち上がっていく姿は圧巻でした。

3年生の時の春の第82回選抜高校野球と夏の第92回選手権大会は、ほとんどが危なげない勝ち方でしたからね。

昔は沖縄の選手は気が小さいと言われ、ちょっとピンチになるとすぐに弱腰になってしまい必ず逆転負けをしていたものです。

しかしこの年の興南高校は、多少のピンチには、ビクともしませんでした。

もちろん、この年は島袋洋奨だけの力で勝ち上がったわけではありません。

1番から9番まで全ての選手が打撃、守備とも高レベルでした。

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アナウンサーの方も優勝した興南高校とそれ以下のチームのレベルが違いたと言ってました。

思い返せば沖縄の高校野球はあと一歩のところで、全国制覇が出来なかったですからね。

名将裁監督のもと沖縄水産が2年連続準優勝に終わった時は、本当に泣けました。

沖縄県民は、高校野球熱が他県に比べてとても高いですからね。

プロ野球は見なくても高校野球の甲子園は、小学生からおじい、おばあまでみんな見ます。

試合の日には、お店も閉まり繁華街もガラガラになるのが沖縄です。

なので沖縄県民にとって甲子園優勝というのは、とんでもない偉業なんですよね。

それが1回だけぎゃなく春、夏連覇ですから、その年の興南高校ナインはほんと島のヒーローです。

そしてその中の中心がエースピッチャーの島袋洋奨だったんです。

大学進学を選んだ島袋選手。そしてイップスに悩むことに

高校時代は、大活躍だった島袋洋奨はプロ野球には行かずに、大学進学の道を選びました。

私ならどこで怪我するか分からないので売り時の時に、プロ入りした方が良いと思うのですが本人は違っていたようですね。

沖縄県勢の優勝投手はすべて大卒です。

最初に甲子園優勝したのは沖縄尚学でエースの比嘉は、大学に進みましたがプロ入りはしませんでした。

次に甲子園優勝したのも沖縄尚学で、その時のエースが現ソフトバンクの東浜巨投手です。

東浜は亜細亜大学に進んだのですが、そこでも大活躍してソフトバンクにドラフト1位で入団したのです。

その影響や、島袋はやはり体が小さいという事からすぐにプロ入りはためらったのではないか、というのが私の推測です。

ただ、島袋が大学進学したのは正解だったかと言えばそうとも言えません。

東都大学野球の中央大学に進んだのですが最初は良かったですね。

中央大学では、48年ぶりとなる新人での開幕投手も努めましたからね。

東浜までとはいかなくても1年生の時は、それなりに良かったんです。

ところが人生が狂い出したのはその後ですね。

まさかあの島袋がノーコンピッチャーになるなんて想像も出来ませんでした。

ある日突然、ストライクが入らなくなる投球の事をイップスといいます。

イップスは、ピッチャーだけでなくキャッチャーがなる場合もあり、投球を受けた球をピッチャーにうまく返せなくなる事もあるのです。

プロ野球のキャッチャーがですよ、信じられますか?

しかもイップスは一度ハマってしまうと、そう簡単には直らないと言われています。

島袋の場合、4年生の卒業までちょっと良くなったと思っても次の試合で大崩したりと、どうしても本来の調子にはなりませんでいした。

大学卒業後は、絶対にドラフト会議にかかると誰もが思っていました。

しかし、ドラフト会議の本番直前には、もしかしたら指名されないんじゃない?という声も聞かれたほどです。

結果的には、ソフトバンクホークスにドラフト5位で一番最後に指名されました。

甲子園春夏連覇の投手として少し寂しい順位ではありますが、夢だったプロ野球です。

頑張って欲しいですね。

プロ入り後の島袋は?プロでも伸び悩んだもののついに1軍へ!

イップスが直らないままソフトバンクに入団した島袋洋奨投手。

プロの世界はやはり甘く無かったですね。

1軍どころか2軍でもありません。

甲子園春夏連覇の投手の居場所は、3軍でした。

育成選手契約選手は、故障選手などが多い3軍です。

試合をする相手もプロ野球ではなく大学や社会人など、そんな中での登板でした。

さらに島袋に追い打ちをかけるのが、プロ野球以下のレベルでの戦いでも勝てない。

投球内容も散々な内容で相手に負けたというより、独り相撲で負けてしまったという感じですね。

ストライクが入らずファーボールの連発、置きにいった球を打たれてしまう。

しばらくはそんな内容が続きました。

私は、島袋の成績を見るのが怖くなりしばらくは全く見ていなかったのですが気がついたら1軍登録されてたいのです。

そして気がついたらルーキーイヤーに、新人で一番乗りの1軍登板も果たしました。

やっぱり人生なにが起こるか分からないですね。

2年目は1軍登板は無かったものの、まだまだ3年目です。

コントロールさえ戻れば島袋の投球はプロでもそう簡単には打てません。

これからも応援しています。

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